マニラに来た頃の自分に伝えたい、コミュ障すぎる駐在妻が楽に生きるための心得

こんにちは、はなお(@oiuioi2)です。

フィリピン・マニラに住んでもうすぐ3年になり、本帰国が近づいてくる時期(未定)に入りました。

日本の仕事を泣く泣く辞めてマニラに帯同してきた約3年前からこれまで、色々な気持ちの変化がありました。

  • 引っ越してきて数ヶ月で就職先を探すも、撃沈
  • 何の為にここにいるのか分からなくなる
  • 全てに疑心暗鬼の暗黒時代
などなど。

今でも、『駐在妻という宙ぶらりんな立場でのもやもや』が解消しているかというとそんな事はありません。

内向的な無職の駐在妻が、焦燥感と葛藤から自分を取り戻す方法

一方で、『もっと思い詰めずに気楽に過ごすこともできたな』と思ったりします。

私は、コミュ障のあまり「慣れない場所では笑顔をつくってコミュ障をごまかし、気を遣いすぎ明るく振る舞い、あとで疲れきる(exhausted)」タイプの人間です。

そしてマニラでの生活は、こういった指向が見事にマッチしませんでした。

今思い返すと、『もっと自分勝手にしたほうがよかったんだろうな』と感じることも多くあります。

そんな事からこの記事では、『マニラに引っ越してきた頃の自分に伝えたい、内向的でコミュ障な駐在妻が楽に生きる心得』をメモに書くような軽い気持ちで書いてみました。

多分私ほどのコミュ障の方はものすごく少ないと思いますので、99%の方には全く参考になることがないと思います。

はなお

礼儀を意識しすぎて自分を殺さなくていい

『郷に入っては郷に従え』『とにかくリスペクトの姿勢を示す』。

はなおはその事を意識し、常に過剰な気を遣ってきましたね。しかしその行動が、自分のメンタル殺してしまいますよ。

ブッダ

母国以外へ住む時に言われる『郷に入っては郷に従え』。

当然私も、未知の国フィリピンへ来るときに、そう肝に命じてきました。
その結果、

  • 『コンド・外出先でのあいさつに、すべて笑顔で返す』
  • 『失礼だなという態度をされても笑顔でニヤニヤ対応する』
  • この国では自分は英語も話せない下等人間であると認識する
といった事を5ヵ月続けました。

同時にこの頃は『異文化適用の4つのステージ』の『ハネムーン期』だったので、すべてが新鮮な新しい生活に高揚した気持ちもあり、これらを『無理している』とも気づいていませんでした。
参考 変化をじっくり楽しもう!異文化適応の4つのステージノブトレの国際ビジネス心理学

すごく小さいことなんですけど、こういう事がありました。

空芯菜の値段を野菜係に計測してもらいにいくと、『It’s OK.』と言われました。

『OKてどういうこと?』と聞きたいんですけど、とっさに英語が出てこずにぼんやりしてしまいました。

すると店員さん同士がタガログ語できゃきゃきゃと話し、『Maam, I’m speaking english!(英語通じてる?)ププー』と言い、2人で笑いあっていました。

こういった囃し立てられる系は女性に何度かされてきたのですが、いつも『Ok, Thank you!』とニヤニヤやりすごしていました。

この場合、レジに行けば固定の値段が打たれるからシールはいらないって事でした。

はなお

しかしこんな生活から約5ヵ月後、積もり積もっていた小さなストレスが大きなストレスとなり爆発してしまい、ここから1年半近くにも渡る『全てを敵のように感じる疑心暗鬼病み時代』に突入してしまいました。

解決策:自分の感情に従おう

マニラ首都圏・マカティでの接客(とくにスーパー)は、ふつうに雑なことが多いんですが、それでいてちょっと見ているだけで「はいマム」と話しかけられることも多いです。

そんな中私は『礼儀正しくしなきゃ』と考えすぎ、全てにニヤニヤ対応しつづけました。

無理するのはやめましょう。日本にいる時、すべての「いらっしゃいませ」に全力で笑顔で返していましたか?

海外では、日本的な「礼儀正しくする」ことがどこでも評価されるわけではないばかりか、「舐められる」ことに繋がることもあります。

無理しなくてよいです。普通にしていても『失礼な事をする』事はきっとありません。
楽しくないのに笑うのはやめましょう。あとから本当に疲れます。

全てを好意的に捉えなくて良い

フィリピン生活では、色々と思うようにいかないことがありましたが、はなおはこれを『これがフィリピンだから(へへへ)』と『ムカつくな・めんどくさいな』に蓋をしてきましたね。本当の気持ちを言いましょう。自分のメンタル殺しますよ。

ブッダ

『フィリピンあるある』として、日常こういった事がよくありますね。

  • 家の備品の修理がこない、約束しても基本的に履行されない
  • Grab(Uber)で出かける必要があるけど、なかなか捕まらない(し高いし)
  • 買い物になにかと時間がかかる、不快な目にあう

上の『過剰に礼儀正しくする』とも似ているんですが、こういったことも「フィリピンだからしょうがないね」と好意的にやりすごそうとし、不満に蓋をしてきました。

結果、蓋をして溜め続けたストレスが爆発し『好意さえ悪意ではないかと疑う、疑心暗鬼病み時代』に突入です。

解決策:ストレスに感じたことは、その都度愚痴を言おう

3年経った今は、上記のことはもう当たり前だと思っているし、『メンテナンスが来ない、、ストレス・・」っていう気持ちになる事もなくなりました。

人は慣れるもので、予定通りに進むと「まさかの時間通り!まさかの1回で解決!」とこれまでになかった喜び方ができるようになります。

でも自然にそんな気持ちになるまでは、『メンテナンス来ない、待ってるのにほんといやだな!』『買い物めんどくさい、いやだな!』という気持ちはその都度吐き出しましょう。積もり積もったストレスは本当に厄介です。

『郷に入っては郷に従え』は、全てを好意的に捉えよう、ということではないのです。

同じ国に住む他の人と比べなくてよい

情報収拾のためにはじめたTwitterやInstagram..それを見てはなおは『自分は積極的に色々しないダメな人間だ』と自分を責めるようになりましたね..冷静になりなさい。その感情全部無駄ですよ。

ブッダ

人と比べて自分を卑下する。日本人的行動として、とくにめずらしい事ではないかもしれません。
しかし私は、

  • フィリピンに住む日本人のTwitterやInstagramのキラキラ投稿をみて、そんな風に過ごしていない自分をダメなように感じる
  • ローカルに入っているといったキラキラ投稿をみて、『こんな風にすべきなのかな』と考える

といった状態に自分を追い込んでしまいました。

マニラでは、現地に馴染むほうが偉いといった風潮に疲弊する

しかし冷静に考えて、本当にこれは意味のない事です。

解決策:比べる事になにも意味がないことに気付こう

フィリピンで暮らす日本人。
住んでいる地域も違えば、住んでいる理由や目的も全く違っていて、共通しているのは『日本にルーツがある』という事だけです。

そんな他人と自分を比べるというのは、

・東京に住んでいながら、『京都の人みたいにしょっちゅうお寺にいっていないのはだめだ』

・あの人のように毎日納豆を食べていない。自分はだめだ

・あの人のように、日本の歴史を古く知ろうとし、古民家に住んでいない自分はだめなのだ..

と言っているのと変わりません。

日本に住んでいたら、もっと小さい単位の『同じ会社』であっても、『他の社員のようにマラソンを楽しんでいない自分はだめだ・・』などと比べることはないでしょう。

ただ同じ国に住んでいるだけの日本人。
それぞれライフスタイルも目的も違うことは言うまでもなく当然で、『どうあるべき』なんて答えはないのです。

SNSでの意見に傷つく

これはフィリピンに限らずなんですけど、駐在妻ってよく叩かれています。

例えば、

  • 外国にいるのに同じ日本人駐在妻で集まっているぞ。なんのために外国にいるのか(苦笑)
  • 自分の事を駐在妻とかいって、『自分は海外にいるぞ』と上から目線である
  • 優雅な暮らしいいねえ(悪意的な)
  • コメント欄で、『おそらくなんの尊敬される専門性もなく英語も喋れないくせに優しくしてもらって当たり前のただの金持ち日本人の態度が出てるんじゃないでしょうか』と言われる

などなど。
なんていう事でしょうか。泣く泣く会社を辞め、自分が何者でもないように感じる中で、SNSではこのような言葉をよく見ます。

Twitter自体は長く使っており、フィリピンに来るまでは『音楽の情報を見る』ためのツールでした。
ノーストレスどころか、楽しいものでしかなかったのです。

しかし、フィリピン関連を見るようになり、必然的に海外の情報を見る事が増えると、自分の立場が上記のように叩かれていることが分かりました。

そして案の定、それを見て悲しくなったりしていました。

解決策:SNSは限定的な狭い世界であることを認識する

私には『駐在妻の友達仲間』みたいな人は一人もいませんが、『駐在妻が日本人同士で固まる理由』はすごく分かります。

それは『生活に直結する色々な情報を手にいれるには、日本人と知り合ったほうが早い』からです。

『何をしに海外に行っているんだ(笑)』って、家族が一緒に健康に暮らすためであり、『海外生活を満喫するため』に行っているわけではないのです。

とくにマニラでの生活の中、普通に暮らしているだけではフィリピン人や他の国の人と接する場面はありません。
コンド内での他人との関係は、東京や横浜のそれと変わりません。

SNSって、その中にいるとそれが全てのように感じがちなんですけど、本当に限定的な狭い世界です。

聞くところによると、フィリピン関連については、Twitterはキラキラ、facebookは永住者や長期滞在者の愚痴が多いそうです。

そこにいるのが辛くなったら、視点を変えてみることで、まったく違う世界を見つけられるかもしれません。

日本人はとても人を気にする

書き並べてみると、総じて「気を遣いすぎ・繊細すぎ」によって起こったストレスです。

先日みていたTwitterで、「これはいいなあ」と思いました。

フィリピン人は、『自分と自分の人生にだけ興味がある(^-^)』。。

私に限らず、『他人の外国での過ごし方』について一言申したい日本人や、過剰に気を遣う日本人って、すごく人を気にしているんですよね。

ただ、『日本人が人を気にする』ことは悪いことではなく、その繊細さですてきな商品ができたり、『人を気遣う』ことにより『整理整頓』『後片付け』といった他の人の快適に配慮した行動を取れるといった面もあると思います。

はなお

一方で、モトボサツさんのこちらの記事にもあるように、フィリピンの人は『自分を映画の主人公のように思ってすごしている』人が多いそう。

参考 【フィリピン嫁あるある】質問と異質な答えが返ってくる|フィリピン人の話が長い理由を解明 - モトボサツ勝手にブログセブ島編vol2モトボサツ勝手にブログセブ島編vol2

これって本当に、多くの日本人の考え方とは違って、学びが深いなー!と思いました。

もっと自分勝手に、自分中心に生きてもいいのかもしれないですね。

自分の人生を生きていないようなふわふわが、人を弱くする

私が『過剰に人に気を遣い疲れる』のは昔からですが、『おかしい』と思えば討論・反論する気の強さもある方です。

しかし『駐在妻となり、自分の人生を生きていないような足元のゆるさから、自信をなくしてしまった』事が、極端に環境へ迎合しようと努力させてしまったのだと思います。

『仕事をやめて帯同する』ことを決めたのは自分です。
しかし、辞令がなければそのタイミングで海外に引っ越すこともなかったし、仕事をやめる事もなかったのです。

優雅な生活だと日本人にディスられがちの世界中の駐在妻は、新しい場所で家族の生活を守り、ぐらぐらのアイデンティティを再度構築する、なかなかタフな生き方を求められるポジションだと思います。

正直、自分が日本に帰ってからどのような生き方ができるのか、今の時点ではまったく見当がつきません。

しかし、自分の希望とは裏腹にいろんなことを失いながらも、新しい生き方をみつけようとするタフさは少し身についたかもしれません。

いつか日本に帰ったら、この駐在期間で無意識に習得していた何かに気づくのかもしれませんね。

長くなってしまいましたが、この記事をご覧いただき、ありがとうございました。

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2 COMMENTS

南国の人

はなおさんは一緒にして欲しくないとおもってるけど現実は 例えばの日本人駐在妻ってのは非常に多いんですよ。
日本人の悪い癖で 一人がそうだと全員同じと思ってしまう部分もありますね。
ここはフィリピンであり土壇場のピンチになると助けてくれるのはフィリピン人で逃げるのは日本人なので、適度な距離感で気に入らなければ 付き合わなければ良いと思います。
今はネットもありますので 外篭り感覚で別に付き合わなくても生きていけますし、フィリピン人は『自分を映画の主人公のように思ってすごしている』こんなに大げさではなくて 今日の晩飯しか考えてない人と見栄っ張りが多いですね。
旦那と一緒に来て正解ですよ。男が単身で来たら あらゆる面で心が壊れる国ですので、旦那にとっては良かったんじゃないかな?

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hanao(はなお)

びっくりしました、今日ちょうどSNSのツイッターでそのことを考えていました。たしかに、例えばの駐在妻って幻想じゃなくているのですね。私は今現在駐在妻の知り合いはいなくて、過去に駐在妻だった方も例えばの人とは真逆だったので。。
そうですね、付き合わなくても生きていけています。 一緒に来てよかった、は配偶者の家族からも言われます。南国の人さんが以前教えてくださったように、色々と心を惑わすことがありそうですからね。^^;

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