なぜマニラ駐在妻生活で、心が重く苦しかったのか考えてみた

こんにちは。2017年3月からフィリピンのマニラに住んでいる、はなお(@oiuioi2)です。

この記事は、

私がフィリピンになかなか馴染めなかった気持ち

半強制的に海外に来て、新しい国に住むことで感じる気持ち

キラキラ・ぬるい扱いされる駐在妻の、全然キラキラじゃない生活

を元に「なぜマニラ駐在妻生活で、心が重く苦しくなったのか」をまとめてみました。

マニラ駐在妻生活で、心が重く苦しい理由

フィリピンに来てから海外関連のSNSを見るようになり、『駐在妻』という立場は『海外に住んでいると上から目線で調子に乗っている』と言われがちなことを知りました。

しかし、この『駐在妻』という立場は、それを望んでもいなかった私にとってはまったくキラキラではなく、自己肯定感は下がり続け、どんどん視野が狭くなる日々でした。

それでも、そんな焦燥感も少しずつ変わってきています。
これまでの2年半の生活で感じた心の変化を、少しだけオブラートに包んで書いてみました。

駐在妻がフィリピン生活に苦しさを感じた理由
①会社に命令されて、引っ越してきた

まずこれが一番かと思います。
日本では、自分の仕事が好きで、自分なりの生活を楽しんでいました。

そんな中、『会社をやめて帯同する』ことを選択したのは自分ではあっても、ある意味ノーチョイス。

『本当の意味での選択』ではなく、『本当の気持ちと実際の行動が裏腹な状態』でした。

そしてハンコ文化など色々と旧式が残りながらも便利な日本とは全くちがう生活。
何もわからない中で『安全を確保しなければならない治安』。

選んだわけではなく受け身でやってきた海外生活においては、まず『環境に慣れる』ことに時間を要します。

そんな生活の中では『飲食やスポーツを楽しむ』といった楽しみ方をするのが精一杯で、なかなかそれ以上を『知る』『好きになる』に至るまでのポジティブな余力や機会をなかなか持てませんでした。

『駐在妻』になったことで、『自分の意志と行動が一致している』『本当に自分で選んだ』という事がその後の気持ちに大きく影響することを知りました。

自分の意志で選択したかどうかは本当に大きいです。フィリピンに限らず、同じように悩んでいる方が世界中にいることを知りました。

はなお

駐在妻がフィリピン生活に苦しさを感じた理由
②明るく親切?

フィリピンの人を称する時、『明るい、親切』と書かれている記事をよく見ます。

マニラ・マカティは大都会。
駐在が住むあたりの徒歩圏内には、ローカルらしさを感じる場所もほとんどなく、コンド内でフィリピン人や他の国の人と話すような場面もありません。

そんな狭い生活の中で、マカティの店員さん・街のフィリピン人・英語の先生と接したところ、

 店員さんに、舐められる(もしくは某国人と判断し、すごく冷たくされる)

 スーパーの店員さんに、弱々しい英語をタガログ語でくすくすとばかにされた

 2週間留学した英語学校の先生たちは、どうでも良い嘘をついたり、授業中に携帯やPCに夢中で気もそぞろだった

などなど、まだ期待でふわふわな中にも関わらず、がっかりな気持ちになる事が続きました。

仕事の同僚や趣味のつながりの友人となれば、また違うはずです。
しかし英語学校・街といった限定的なエリアでの所感はこのような感じでした。

もちろんこれが全てではなく、猫を通じてびっくりするほどすてきな方たちにも沢山会っていましたし、子供にとても好意的・優しいのは事実です。

でも、マニラで日常出会う狭い生活の中で、『イメージしていた明るく親切なフィリピン』を感じる事は少なく、むしろ日本の方が優しさを感じるほどでした。

こういう事を書くと『おまえの態度が悪いんだろ』と言われがちなのですが、英語力にも自信がなく弱々しいことは、舐められる原因になります。

はなお

マニラに来た頃の自分に伝えたい、コミュ障すぎる駐在妻が楽に生きるための心得

駐在妻がフィリピン生活に苦しさを感じた理由
③安全に不安があり、家とモール周辺往復の生活

マニラ・マカティで生活する上で「安全を確保すること」は、いつも忘れてはならないことです。

専属ドライバーさんのいない私のような駐在妻の場合、行動範囲が徒歩で行ける場所に限られがちになります。
結果、Grabでたまにでかける以外は、近所のモールへ行くことになります。

マカティのモールは、結構楽しいです。飲食店もたくさん入っていますし、日本のモールよりバラエティ豊かだと感じます。

はなお

しかし、ほぼモールに行くだけの生活が楽しいでしょうか?答えはNoでした。

そんな中配偶者が、ストレスが溜まりすぎている私を見るに見かねて「バンコクに行ってきたら」とチケットを買ってくれ、バンコク・パヤタイで行った食堂。

普通の大衆のごはんやさんです。マニラでも車の窓からみかけるような雰囲気のあるお店です。

でもここで、全開の窓にゆるゆる光が差し込み微かな生活音を聞く静かな時間、ふつうの暮らしができる時間、がとてもうれしく感じ、治安を気にした『高層コンドとモール周辺だけうろうろ生活』がいかに狭く窮屈なものか分かりました。

銃声を聞いたり恐喝にあったこともないけれど、他の大好きな東南アジア諸国比べて治安に不安があるマニラは、改めて生活しづらいとバンコクの風を感じながら思いました。

治安に不安がある中、駐在妻が1人で世界を広げていくことはなかなか難しく、『どこまで行ってもOK』で『どこからがだめ』なのかが判断できません。結果保守的にならざるをえずという感じです。

はなお

駐在妻がフィリピン生活に苦しさを感じた理由
④キャリアを中断し、先のみえない生活

後に書きますが、引っ越して最初の数ヶ月はいわゆる「異文化適応のハネムーン期」でした。

見るもの全てが新鮮で挑戦したい時期。

しかし数ヶ月経つとその『色々やってみたい』という高まりは落ち着き、突然の駐在で自分が日本に置いてきたものに気づき始めます。

積み上げてきた仕事のキャリア、すぐに会える友達、駐在1年前に新築で買ってしまったマンション、会社の先輩や知り合いとのたわいのない会話

これまでに自分が作っていたものが強制的にリセットされ、自分には何も残っていないように感じ、駐在妻という環境を受け入れることがいやになりました。

これまでの経験で、『人は自分が楽しく輝けて、自己肯定感が高まる場所を好意的に感じる』ように思います。

駐在妻という、無職で地に足がつかず宙ぶらりんのように感じる日々。

そんな中『フィリピンにいる自分を好きだと感じられない』という気持ちはやがて『フィリピンにいる自分を肯定的に捉えられない』という状態になり、その気持ちの投影により『フィリピンが好きじゃない』といった気持ちになってしまっていました。

駐在妻がフィリピン生活に苦しさを感じた理由
⑤不自由な高層コンドミニアム生活

そもそも私は、『タワマン』的なものに興味がありませんでした。低層階が好き。

ここでは会社がコンドを借りてくれていますが、ペットもいるので賃貸できる対象は限られ、かなり高層階に住んでいます。

高級コンドと言われますが、今年の春の震度3の地震で部屋に亀裂がたくさん入るような建物です。
ペットがたくさんいる私たちは大地震があれば終了かなと思います。

そしてコンドに住む暮らしは、バンコクの大衆食堂のような私が好きなアジアとは全然ちがう隔離された空間です。
そんな隔離されたコンド生活の中では、「フィリピンの良さ」に気づく場面を見ることは少ないです。

駐在妻がフィリピン生活に苦しさを感じた理由
⑥コンド内の悪臭

2017年の3月に引っ越してきてから、今の部屋は2つ目です。しかしいずれも『解決できない悪臭』に悩まされています。

コンドの部屋に欠陥があることは東南アジアあるあるだと思うのですが、『手を尽くしても解決できない悪臭』はどうしようもありません。

前の家では

→グリーストラップ(高層コンドに設置された、排水溝の油を貯める入れ物)の不具合により、キッチンから常に腐りきった生ゴミのような匂い

今の家では

→バスルーム(トイレ)の配管に何らかの不具合により、気圧の変化で排泄物が集まった臭い、どこかの家のパイプ掃除用洗剤の臭いに悩まされること1日の4割

といったことがあります。

1日〜数ヶ月ならネタになるかもしれませんが、『悪臭で目が覚める』『体調悪いけど悪臭』『すてきな気持ちですごしてても悪臭』など、けっこう気が滅入ることがあります。

そして無意識のうちにすべて疑心暗鬼に

このような生活の中、無意識にどんどん視野が狭く、疑心暗鬼になっていきました。

元来私は、「人を簡単に信じすぎて、いつか騙されそう」的なことを色々な人に言われるくらい、無意識に性善説で暮らしていたと思います。

しかしマニラで暮らす中で良い気持ちになることは少なく、好意的な対応にも「きっとチップのためだ」とか「笑顔だけど裏を感じる、、」などなど。
結構気持ちがぎりぎりと追い詰められ、色眼鏡で世界をみてしまうようになっていたと思います。

疑心暗鬼な生活が変わったきっかけ

今現在、フィリピンに住んで2年7ヵ月。最初の数ヶ月のハネムーン期を除き、長い間を疑心暗鬼で暮らしていたと今なら分かります。

曇った心は、世界を歪ませます。人は無意識に色眼鏡をかけていて、『同じ景色・同じ事象』も曇った心では全てが歪みます。

そしてそんな生活がここ数ヶ月、今現在どんどん変わってきています。

フィリピンへの適応をはじめたきっかけ①
初めて台湾へ行った

台湾は、雰囲気が日本と似ていますよね。そして台湾ファンのみんなに言われるように『街の人が親切』。

マニラで人の優しさに触れる機会がほとんどなく自己肯定感もだだ下がりの中、「ただ普通にしてるだけで親切に触れられる」ことで、『自分の存在に問題があるわけじゃなかった』と思えたのです。

そして日本と似た景色の台湾からフィリピンに戻り南国の夕日をみた瞬間、「フィリピンは日本と違う景色の外国だ!アメリカみたい(行った事ないけど)!この違いに慣れるのが大変なのは当然だ」と、簡単に適応できない自分はおかしくなかったんだな、と思えるようになりました。

ここで、『適応できない自分を責める自分自身』から解放された感じがありました。

内向的な無職の駐在妻が、焦燥感と葛藤から自分を取り戻す方法

フィリピンへの適応を始めたきっかけ②
フィリピンの音楽が好きになった

日本ではフィリピンの音楽に触れる機会は日常的にほぼありませんが、フィリピンの音楽はすごくレベルが高いです。

フィリピンのおすすめ音楽:パンクロック・ポストロック6選【メジャーからインディーズまで】

もともと特定のアーティストは家で良く聴いていたのですが、最近ライブへ行くようになりました。

 

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『ライブハウスへ行くこと』。

日本であれば、ただ電車に乗って・車に乗って行けばいいことでも、マニラでは「この地域の治安は?ほんとに1人でいって大丈夫?」とか考える必要があります。

それでも行ってみたら、楽しかった!日本で自分がしていた日常を少し取り戻せ、視界が広くなってきました。

フィリピンへの適応を始めたきっかけ③
フィリピンのおいしい食べ物を知り始めた

フィリピン料理のイメージって、「野菜がすくなくて、脂っこい」ですよね。

フィリピン料理とスイーツ、実はおいしいものがいっぱいあります。

もともとシシグやブラロはおいしいなあと思っていましたが、思っていた以上にスイーツはおいしいし、どんどん好きなフィリピン料理が増えています。

おいしいものを食べる事が大好きなので、新しいおいしいごはんやスイーツを『知りたい』と思うことは、気持ちが前向きになるきっかけの1つになりました。

【アジアのベストレストラン50】マニラのフィリピン料理屋さん『TOYO EATERY(トーヨーイータリー)』

フィリピンへの適応を始めたきっかけ④
ブログを始めた

ブログを始め、自分の中にインプットだけしていたものをアウトプットするようになりました。

その中で、同じような気持ちの方が世界中にいることが分かったこと、気持ちを整理できるようになったことでこころに循環が生まれ、ようやく『楽しむ』余裕ができてきたように感じます。

 フィリピンへの適応を始めたきっかけ⑤
時間の経過

色々と書き連ねましたが、これが一番かもしれません。
引っ越して2年少し経過した時点で、突然楽になってきました。

いろんな事を、時間が解決していきます。単純に「慣れ」でリラックスし始めたと感じます。

自分の気持ちが変わった結果、周りが変わった

不思議なのですが、ここ数ヶ月自分の気持ちが変わってきたと同時に、マニラで親切に触れることが増えてきました。

きっと、

来た頃の私はもじもじ自信なさげでバカにされがちだった

疑心暗鬼中は、固く閉ざした気持ちが相手にも伝わってた

楽になり自分の意見を言えるようになってきた今、周りの扱いが変わってきた。

そして自分が無意識にかけていた色眼鏡(疑心暗鬼)がとれたことで、好意を好意と受け止められるようになった

ということかなと思っています。

そして今は、『フィリピン生活』についての不満を感じることは全くなくなりました。

もともと、『不便』などが心を歪ませたのではなく『自己肯定感が下がる生活』が心を重く苦しいものにしていたのだと今なら分かります。

ただ、帰国後の自分への宙ぶらりんな気持ちは、常にどこかしらにあります。

はなお

駐在コンド生活は、とても狭い生活

以上より『私がフィリピン生活で心が重く苦しかった理由』は、

  • 自分のキャリアを捨て、自分の心からの意志ではない引っ越しをしたという心の歪み
  • もともと会社の都合で引っ越してきて、生活に慣れるのにせいいっぱい
  • ローカル的な楽しさや生のフィリピンに触れることが少ない『住んでるけど住んでいない』感覚

と言えるかと思います。

一方で、『この国を知り尽くす、という事が駐在の立場のゴールではない』とも思っています。

引っ越してきた理由は、「家族が健康で暮らすこと」です。『フィリピンのリアルを知ること』が目的ではないのです。

私は、この国で偉そうに振る舞う日本人に強い嫌悪感を感じる一方、『日本最悪、ここ楽園』という意見にも同意しないというスタンスで、自分が好きなことは取り入れ健康に、できれば楽しくこの時間を過ごしたいと思っています。

(ご参考):海外在住者の異文化適用のステップについて

ご存知の方も多いかもしれませんが、『異文化適用の4つのステージ』。あまりにも自分がこれに当てはまっていて普通で、安心しました。
以下引用します。

異文化適用の4つのステージ

《ステージ1》新しい文化に陶酔(ハネムーン・ステージ)

 

見るもの、聞くものがすべて新鮮で、新しい文化に来たという興奮と期待感でいっぱいになります。

短期旅行はハネムーン期だけ、とのことなので、私の台湾旅行はここにあたるかと。

はなお

 

《ステージ2》異文化に直面(カルチャーショック)

期待あふれる興奮した状態から現実的で落ち着いた生活に移るにつれ、「見える文化」から「見えない文化」に直面するようになります。

 

そうすると、今まで抱いていた期待が失望へ、興奮が落胆へと変わることがあります。このような状態は「カルチャーショック」と呼ばれます。

 

《ステージ3》適応を開始(適応開始期)

 

このステージでは、カルチャーショックを抜け出し、異文化への適応が始まります。

今までわからなかった「見えない文化」が見えるようになり、その文化での暮らし方やふるまい方にも慣れてきます。

文化の違いからくる孤独感や焦燥感もだんだん軽くなり、現地の人との交流がうまくいき始めます。そして、うまくいったことが自信へとつながるのです。

 

《ステージ4》異文化へ適応(適応期)

 

このステージに来ると、新しい文化の人々との適切なコミュニケーションの仕方が身についており、異文化における不便を感じることはあまりありません。
文化の違いを理解し、その違いを受け入れることができます。

参考 変化をじっくり楽しもう!異文化適応の4つのステージノブトレの国際ビジネス心理学

私の場合、2年半でようやく《ステージ3》適応を開始(適応開始期)←イマココ なのかなと思います。

まとめ

フィリピンに2年7ヵ月住んでいる子なし駐在(帯同)妻として、現時点で思ったことを長々とまとめてみました。
これは私の経験で、お子さんがいらっしゃる方、年齢など皆さんそれぞれのもやもやポイント・克服の方法があるかと思います。

駐在のゴールは、『その国を好きになる』ではありません。それでも、好きなことが増えていけば幸せ。

そんな感じで、フィリピンの楽しいことを見つけながら健康に暮らしていければいいなあと思います。

この記事を読んでいただき、ありがとうございました。

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マニラでは、現地に馴染むほうが偉いといった風潮に疲弊する 内向的な無職の駐在妻が、焦燥感と葛藤から自分を取り戻す方法

8 COMMENTS

かぱ

はじめまして。
私も東南アジア(インドネシア)に駐在妻として住んでいます。
同じように悩まれてる方多いと思いますよ!それを理論立てて、わかりやすくまとめくださってると思います。
最初は嫌なことも見てみぬふりできても、それが積もってきて大きなストレスになるんですよね!
私はステージ3ですが、それは、いまいる国に馴染もうとしているわけではなく、うまくやり過ごすことが出来るようになっただけです。
お互い健康(体も心も)に気をつけて過ごしましょうね。
長々と失礼しました!

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hanao(はなお)

かぱさん、はじめまして!
記事を読んでいただき、そしてコメントを残していただき本当にありがとうございます。
SNSで見ていると、悩んでいるより楽しんでいる感じの方が多く、「みなさんそんなに思ってないと思いますが、、|´-`)チラリ」
という気持ちで書きましたので、そのように言っていただけると本当に、本当に安心します!

本当にその通りです。最初は嫌なことなども「大丈夫、わたし楽しい」ってやりすごせるんですが、時間が経って冷静になると
積もり積もってるのが分かりますよね。無理してた! って。

「今いる国に馴染もうとしているわけではなく、うまくやり過ごすことが出来るようになっただけ」って本当に分かります。

そして、「好きになろう」とかする必要もなくて、ある種あきらめて受け入れるという感じで、、
「うまくやり過ごす」って私にとっても今の状況にとても的確な言葉です。

はい、お互い心とからだを健康に、すごしましょう○
コメント、本当にありがとうございます!

はなお

返信する
Yy

私は社会人3年目でフィリピンオフィスのマネジメントを任され最初は戸惑いましたが、
フィリピンの人は本当に人懐っこくて親切で助けられました。
なのでここに書いていることは不思議なことが多いです。
おそらくなんの尊敬される専門性もなく英語も喋れないくせに優しくしてもらって当たり前のただの金持ち日本人の態度が出てるんじゃないでしょうか。
男性と女性でも違うのかもわかりません。
ただあの親切な温かい国をこういった印象で、書かれていることは不思議に思ってしまいました。

返信する
hanao(はなお)

Yyさん、そうですね。
逆に私は若干の期待の中でこの街に来て、英語が下手で自信がなくもじもじしている中、それを人に笑われたりする経験が衝撃でしたので、Yyさんのように思えた経験がとてもうらやましいです。
優しくしてもらって当たり前なんて思えないほど、最初から「フィリピンの人は英語が喋れるのに私は下手」という劣等感で暮らしていました。
働き、固定の人たちと会う環境と、街で何人かわからないアジア人に接するのではちがうのでしょう。

ご自身が経験したことと違えばあたかも悪のように決めつけられ、「なんの尊敬される専門性もなく英語も喋れないくせに」と、人を決めつけられることにはとてもびっくりしました。

返信する
マナ

こんばんは。先日からはなおさんのブログを読ませてもらってますが、
この「フィリピンを好きになりづらい理由」を読んで「なるほどなぁ~」と
思うことがチラホラ・・。私は海外に住んだことはないんですけどね。
正直に言うと、知人が住んでいなかったらフィリピンって一生行くことがない
国でした(笑)タイは大好きで何度も行きましたが、タイと比べて
「えっ?」と思うこと多すぎますし・・
2回行ってちょっとだけ免疫できたかな?
旅行で行くのと、住むのではまったく違うと思うのですが、
フィリピンで楽しいことがもっともっと増えますように。応援してます!

返信する
hanao(はなお)

マナさん

こんにちは!コメントありがとうございます^^

わかります、私も3年前辞令が出た頃はドゥテルテ大統領が就任してすぐで「あんなに戦争を
しそうな事を言ってる人の国にいくなんて、、自分が空襲にまきこまれるかもしれない」とか思ってました。
ほとんど情報がなかったし、行く事があるなんて思ってもみませんでした。

タイとは、マンゴーとかココナッツとか気温とか似てる感じの地域もあるんですが、だいぶちがいますよね。
でも「最悪で早く帰りたい」とかはぜんぜん思ってないんですよ意外と^^
そして私が知らないすてきなところもまだまだいっぱいあると思うし、私の知識ではフィリピンを語ることはできないなーとも思います。

マナさんの来比が、良い時間になりますように!◎

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徳田優子

すいません、またメールさせていただきます。私は、海外帯同して1か月。中々、気持ちがおちつきません。むしろ不安と寂しさが募るばかりです。はなおさんの記事のように、虚しさを感じることが多いです。何かしなくてはと気持ちだけ焦るばかりで、自分の存在意義が見出せないです。文章を書くのもやっとです。また書かせていただきます。

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はなお

自分の存在意義が見出せない、にすごく共感します。私は帯同して3年半で焦燥感や葛藤というものはだいぶ薄まったと思いますが、『仕事をしていない自分は何も生み出していない』ように感じる波は定期的に訪れます。
でもきっと、ミケコさんのお気持ちはこれから変わっていくように思います。

今は新しい場所でがんばっておられる事自体が本当にすごいことで、そこに全精力が必要になってしまうときだと思います。
引っ越されて1ヶ月、そしてコロナもあり、本当に大変な渦の中で過ごされていると思います。
今は適応に全精力を使われているご自身を甘やかして褒めてすごされるのが良いのではないかな、と思います^^

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